僕は1948年生まれ、戦後間もない時期です。
祖父が牧師で、祖父の教会の近くに父の家があったので、日曜日になるとだいたい教会に連れていかれるわけです。なので、周りに外国人や大人たちがごく当たり前にいる環境で育ちました。
父は哲学者で英語教師、母は明治生まれで津田塾大を出た才女でした。父はアメリカの社会学にも興味があり、家には洋書や通販カタログがたくさんあって、僕は生まれた頃からご飯は箸ではなくフォークでお皿で食べていたんです。
そのような環境にいたので、僕は周囲と比べて変な子供だったんですよ。
小学生の時、学校の前にあった文房具屋さんに毎日のように立ち寄って、「何か面白いものはない?」と聞いていたんですね。そしてよいものがあればもう死に物狂いで家に走って帰り、母に「お母さん、すごいものを見つけたよ。あれ欲しい!」と駄々をこねてお金をもらう。もらったら全速力で文房具屋さんに戻って購入し、家に持って帰って遊ぶ。
それで話は終わりではありません。
例えば、ヘリコプターの玩具を買っても、実際には飛ばないわけです。子供心には飛ぶと思ってますから、僕はまたそれを持って、一目散に文房具屋さんまで戻り、「これ飛ばない。こっちに替えて!」と、何かと理由をつけ別の玩具と替えてもらうんですよ。
その繰り返しが、僕の交渉力を培ってくれたと思っています。ただ、交渉力をつけたいと思っていたのではなく、僕はあくまで遊びたい、「~したい」という欲求にしたがっていただけなんです。
「~したい」の積み重ねが、僕の人生(笑)